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2008-08-27 Wed 06:39
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2008-08-25 Mon 19:54
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2008-08-23 Sat 21:58
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2008-08-23 Sat 18:34
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2008-08-23 Sat 17:06
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8月19日のブログで、「どうして道を違えたのだろう?」と題して、
思うところをアップしました。 今、あらためて読み返してみると、 自分で立てた問いに答えてないようにも思われます。 その答えは別の機会に譲るとして、 関連して気になったことをここではアップします。 さきは道を「間違えた」のではありません。 「違えた(たがえた)」のです。 さきは意志を持って「違えた」という語を使いましたが、 どうも勘違いされているのではないかと思いました。 蛇足になるかも知れませんが、さきの気のすむように…。 「間違える」の意味を辞書で引くと 1 しそこなう。失敗する。しくじる。まちがう。「計算を―・える」 2 他のものと取り違える。まちがう。「人の傘と―・える」「道を―・える」 まさしく、「道を間違える」という例文が載っています。 これでは間違われても無理はありません。 同様に「違える」は 1 一致しないようにする。くいちがわせる。「順序を―・える」「方針を―・える」 2 すでに決まったことに従わないようにする。そむく。「約束を―・える」 3 判断や行動を誤る。まちがえる。「計算を―・える」「道を―・える」 4 方違(かたたが)えをする。 とあります。 さきはこの中で2の意味でこの語を選び使いました。 つまり、すでに決まった道を歩んでいたのを、 その道に従わず、脇の森に逸れたのです。 無理に、意識して。 そこには選択の間違いとか見落としとかのはいる余地はありません。 さきは意志を持って森に分け入り、 あるかどうかもわからない別の道を探したのです。 だから、今歩んでいる道が求めた道かどうかは はっきり言って自信がありません。 ただ方向的にはあっているはずです。 方向感覚だけはいいですから。 でも、この道の方向が変わってきたり、違いそうだと判断すれば、 再度、道を求めて森へ分け入るでしょう。 道は不確かですが、目標、さき流にいえばピークははっきりしています。 いよいよとなれば、道を無視し、薮を漕いでもピークを目指します。 途中で力尽きても…。 ![]() |
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2008-08-22 Fri 20:32
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2008-08-22 Fri 05:40
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2008-08-20 Wed 18:06
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2008-08-16 Sat 15:56
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2008-08-15 Fri 22:27
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2008-08-14 Thu 20:13
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2008-08-14 Thu 05:43
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2008-08-13 Wed 21:39
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2008-08-13 Wed 05:08
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2008-08-12 Tue 10:11
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2008-08-11 Mon 04:56
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2008-08-10 Sun 18:51
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2008-08-08 Fri 19:56
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